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ナラティブ

ナラティブ

ナラティブ narrative とは

100の症状があったら、100通りの障害がある

100の症状があったら
100通りの障害がある

ナラティブは、一般に「物語」と訳されています。
ナラティブは「自分自身の物語」になります。

当法人は一律(手帳の有無にかかわらず)「障害者」と表さず、『障害のある人等』と表記し、高次脳機能障害や引きこもり等、見た目ではわからない生きづらさを抱えた人も対象とし、問題提起することで、地域で住む誰もが「障害」を正しく理解(自ら気づき、考え、行動)するきっかけとなるよう、発信を行っていきたいと考えています。

たとえ障害の名称は同じでも一人ひとりに目を向けると、100通りの「障害」(後遺症)があることがわかります。

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当法人の現経営委員長である三嶋氏は、2004年に脳出血を発症した直後、救急病院の主治医から「社会復帰(回復)は絶望」と言われましたが、昨今では、「たとえ脳血管疾患でも、少しずつ回復する可能性がある」と言われるようになってきました。

一人ひとりの当事者が個別に異なる状態(特性)を指し、病気やケガ、障害を自分の一部として引き受けつつ(受容)、自分らしい人生を送る過程そのものを「回復」と解し、日々の挑戦(チャレンジ)の証と捉えています(私たちが考える障害受容のプロセス)。

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自分自身の「物語」を語る

「障害」そのものについて、まだまだ地域で正しく理解されていません。そのため当事者の体験や語りが重要となります。

これをナラティブ(narrative=主人公は、自分自身の「物語」)と言います。

医療者や専門識者が「説明すること」であるのに対し、ナラティブは「自ら語ったもの」のことです。当事者の語りであるナラティブへの関心こそが、障害の存在に注目する重要なカギになります。

当法人には、凡そ30名近くの障害のある社員(会員)がいます。

それぞれ違った「物語」が、正しい「障害」の理解につながっていくと感じます。

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「頑張ること」と「努力すること」は違う

「頑張ること」と「努力すること」
 は違う

三嶋氏は、7年前から色々なところから「語り」の依頼を受けていますが、7年経っても、未だ怖さ、不安が募り、満足いく「語り」ではないものの、毎回少しずつ成長・醸成(昨日よりも今日と“発達”し続けています)を感じていると言います。

「頑張る」と「努力」は似て非なるものです。

現実を直視し、自分が出来る範囲、ペースで“努力”だけは心がけていくことが大切です。

「頑張る」と「努力」境目は、そこに自らの『意思』があるかないかだと考えています。

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三嶋氏は、先日ある「語り」で、手塚が聞き手として加わったことで、いつもは感じる、怖さ、不安がなく、安心して「語り」が終了することが出来たそうです。

重要な点は、出過ぎない、ちょっとした手助けです。

往々に支援とは言っても、出過ぎるケースがありますが、「ちょっとした手助け」のお陰で、自立した「語り」になりました。

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『体験』・『経験』が自己効力感、自己肯定感を高める

このようにナラティブで自分を語ることは、たとえたどたどしい語りでも、他者の力を借りたとしても、自分自身の「もやもや」する気持ちをはっきりする行為(自分の物語)だと思います。

同時に「もやもや」する気持ちを語ることにより、聞き手と共有され、「問題提起」され、意味がはっきりしてきます。

ここでは、自分の物語(自分だけのなかに留まる)である『体験』を聞き手と共有することにより『経験』(自信・希望)に変化していきます。

他人に語ることは、他人に自分の『体験』をわかってもらうことが重要で、その実現が『経験』(自信・希望)になり、自己効力感を育てる手段と考えるようになりました。

このナラティブで自分を語ることにより、自分自身の『体験』から『経験』(自信・希望)に変容することで自己肯定感をも深め、育てることは、社会生活自立支援につながります。